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仙台高等裁判所秋田支部 昭和54年(ネ)19号 判決

主文

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人は、別紙物件目録記載の物件につき、売買、贈与、質権の設定その他抵当権の実行を妨げる一切の行為をしてはならない。

三  被控訴人は前項の物件を、別紙建物目録記載の建物に搬入せよ。

四  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

五  この判決は、第三項にかぎり、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

(控訴人)

一  主文と同旨の判決

二  (主文第三項に対する予備的請求)

被控訴人は控訴人に対し、前項の物件を引渡せ。

三  主文第三項につき仮執行の宣言

(被控訴人)

一  本件控訴及び予備的請求を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

第二  当事者の主張及び証拠

当事者双方の主張及び証拠関係は、次のとおり付加するほかは、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

(控訴人)

一  思うに、抵当権は本来目的物を占有すべき権利を包含しないが、ただ、例外として工場抵当法第三条目録動産については、それが分離、搬出後にも、抵当権の本来の価値を回復する手段として一括して競売することの便宜のために、抵当不動産の所在場所に抵当目的物を戻すことを請求する権利を有するというべきであり、したがつて、本件においても、被控訴人は本件物件を本件建物に搬入する義務があるし、また、右抵当権の効力によつて、本件物件について売買、贈与、質権の設定その他抵当権の実行を妨げる一切の行為をしない不作為義務がある。

しかも、右抵当権の効力を実効あるものとするためには、控訴人は被控訴人に対し、本件物件の引渡を請求することも許されると解する余地もあるので、これを予備的に請求する。

二  再抗弁2、3のとおり、被控訴人は、本件物件が訴外組合の所有であることを知つていたはずであり、また、訴外須藤の所有と信じたとすれば、これに過失があつたというべきであるが、これを補足すれば、被控訴人は人口一万九〇〇〇余人の小さな鰺ケ沢町で一一年間も古物商を営んでいるのであり、その町はずれの国道に面した大きな建物に看板をかかげている訴外組合の工場を知らないはずはなく、したがつて、そこにあつた本件物件が誰の所有であるかを知悉していたというべきである。そして、古物営業法一六条は古物営業者に相手方の住所、氏名、職業等を確認することを義務づけているのに、被控訴人は訴外須藤に対し、右の確認をしなかつたというのであり、しかも、鰺ケ沢町内の商人間では訴外須藤が訴外組合の代表者であることは周知のことであつたから、仮に、被控訴人が本件物件は訴外須藤の所有であると信じていたとしても、それについては過失があつたというべきである。

三  甲第七号証を提出し、当審証人伊藤永一の証言を援用。

(被控訴人)

一、控訴人の付加主張一は争う。なるほど、工場抵当権の対象となる動産はその譲渡を禁止されているのであるが、これが不動産から分離されて第三者に譲渡引渡されたときは、たとえ、その処分が不当であつても、第三者に即時取得の要件が具備されている以上、これを保護すべきは当然である。

二 控訴人の付加主張二の事実は否認する。

三 甲第七号証の成立は認める。

理由

一  請求原因事実について

成立に争いのない甲第二号証によれば、甲第一号証中の訴外組合名下の印影は訴外組合の登録印鑑によるものと認められるから、右印影は訴外組合の意思により押捺されたものと事実上推定すべく、右推定を覆すに足りる証拠はないから、真正に成立したと推定される甲第一号証中の訴外組合作成部分、原審証人太田重一の証言によれば、本件物件は、少なくとも後記売買契約がなされた昭和五〇年六月当時は訴外組合の所有であつたことが認められ、原審証人鶴田力、同新井武志の各証言及び原審における被控訴人本人尋問(第一回)の結果中、右売買契約時に訴外須藤が本件物件は自分の所有物だと言つた旨の部分も、前記甲第一号証中の訴外会社作成部分によれば、訴外須藤自身が訴外組合代表者として本件物件が訴外組合の所有であるとの前提での契約書を作成したことが認められる点に照らせば、右認定を覆すに足りるものとはいえず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。そして、前記甲第一号証中の訴外組合作成部分、成立に争いのない同号証中の登記官作成部分、原審証人伊藤永一の証言によれば、訴外組合は控訴人との間で昭和四六年七月一〇日控訴人と訴外商工組合中央金庫との債務保証契約に基づき控訴人が訴外組合に対して将来取得することのあるべき求償金債権を担保するため、本件建物その他の不動産と共に本件物件その他の機械類に、債権元本極度額金二七五〇万円の工場抵当法二条による根抵当権を設定する旨の契約をしたことが認められ、右認定に反する証拠はない。また、被控訴人が昭和五〇年六月二三日本件物件を本件建物から持ち去り現に占有していることは当事者間に争いがない。

二  即時取得の成否について

1  原審証人鶴田力の証言により真正に成立したと認められる乙第一号証、原審証人鶴田力、同新井武志の各証言、原審における被控訴人本人尋問(第一、二回)の結果によれば、被控訴人は昭和五〇年六月二三日に訴外須藤から本件物件及び解体用トラツクを同人の所有物として金一六〇万円で買受け、その引渡をうけたことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

2  しかるところ、被控訴人が右買受時に、本件物件が訴外須藤の所有物ではないことを知つていたとの点については、結局において、これを認めるに足りる証拠はない。すなわち、前記甲第一号証中の訴外組合、登記官各作成部分、成立に争いのない甲第三号証、第七号証、原審証人鶴田力、同新井武志、同太田重一、同鶴田港、原審及び当審証人伊藤永一の各証言(新井、鶴田力、鶴田港の各証言中、後記措置しない部分を除く。)、原審における被控訴人本人尋問(第一、二回)の結果(後記措信しない部分を除く。)によれば、次の(一)ないし(五)の各事実が認められ、原審証人鶴田力、同新井、同鶴田港の各証言、原審における被控訴人本人尋問(第一、二回)の結果中、右認定に反する部分は前記の各証拠に照らし、直ちに措信できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はないが、右認定の各事実をもつてしては、いまだ被控訴人が前記事実を知つていたことを推認するに足りず、他にこれを証するに足りる証拠はないのである。

(一)  本件建物は訴外組合のチツプ製作工場であり、本件物件は右売買当時、右工場構内にチツプ原木計量の用に供するため備付けられていた。

(二)  本件建物について前記工場抵当法二条による根抵当権設定の登記申請をするにあたり、同時に提出された同法三条目録には、本件物件も訴外組合所有の目的物件として記載されている。

(三)  右工場及び付属の事務所は、鰺ケ沢町内の国道に面した場所にあり、右売買当時も訴外組合の工場、事務所であることを示す看板が掲げられていた。

(四)  訴外組合は昭和四五年ころ設立され、訴外須藤はそのころ代表理事に就任したが、同人の自宅は右工場から約一、〇〇〇メートル位はなれており、その個人経営の製材業は同所で行われていた。

(五)  鰺ケ沢町は人口一万九〇〇〇人余の小さな町であり、被控訴人は右売買当時同町内で、すでに約九年間(経験年数は二〇数年)古物商を営んでいた。

3  しかし、右2(一)ないし(五)の事実によれば、永年古物営業をしてきた被控訴人としては、本件物件が訴外須藤の所有であることに当然疑問を持つべきであり、然るにその疑問を持たずに、漫然それが同訴外人の所有と信じたとすれば、すでにその点において過失があり、また、疑問を持つたとすれば、簡単な調査によりそれが訴外須藤の所有でないことは容易に判明したはずであるから、充分な調査をしないで、その所有と信じた点で過失があるものというべきであり、このことは後記のような事実の存在すること、すなわち原審証人太田重一、同鶴田港の証言によれば、右工場でのチツプ製作作業は右売買の一年以上前から中断されていたことが認められ、また、原審における被控訴人本人尋問(第二回)の結果中には、被控訴人は右売買に際し、本件物件と共に目的となつた解体用トラツクについては、その登録名義から訴外須藤の所有であることを確認し、また右売買の紹介者が知人の鶴田力であつたことから、本件物件も訴外須藤の所有であると信じた旨の部分があり、右供述部分が措信できるとしても、これらの事実をもつて、前記過失の認定を覆すに足りるものとはいえない。

4  したがつて、被控訴人が即時取得により本件物件の所有権を取得したとの主張は、理由がないというべきである。

三  本件各請求の当否について

以上の判断によれば、控訴人の本訴請求は、本件物件についての工場抵当法二条の根抵当権者である控訴人が、何らの権原なしにこれを占有する被控訴人に対し、右根抵当権に基づいて、これを処分する等の抵当権実行妨害禁止とこれを元の備付建物に搬入することとを請求するものということになるが、右根抵当権者がその効力として右のような請求をなしうるか否かについては、なお疑問の余地があるので、さらにこれを検討する。

抵当権は、目的物の担保価値の把握を主眼とする価値権であり、目的物を占有、使用、収益する権限を含まないから、たとえ、何らの権原にも基づかずに違法に目的物を占有する者がいたとしても、それにより目的物の価値自体の減損が生じないかぎりは、その排除を求めることはできないものというべきである。しかし、工場抵当法二条の抵当権の目的たる動産の場合には、同条の抵当権は工場に属する土地、建物とその備付動産とを有機的一体として、これによる独自の担保価値を把握しようとするものであり、右動産が抵当権者の同意なしに備付をやめて搬出されるときは、ただちにこれに対して抵当権の効力が及ばなくなるわけではないものの(同法五条一項)、右抵当権の本旨に反し、それにより担保価値の一体的把握は困難になるから、工場所有者(抵当権設定者)がかかる処分行為をすることは刑事罰をもつて禁止されているのであり(同法四九条一項)、また、同法五条二項によれば、かかる処分行為により抵当権自体が消滅する危険性もあるのである。したがつて、工場抵当法二条の抵当権については、その価値権自体の保全のためにも、目的動産の自由な処分、占有移転を制約し、あるいは搬出された目的動産を旧備付場所に搬入させるべき必要性は大きいものといわなければならない。

そして右抵当権者が目的動産に対する権利を適法に取得した権利者に対し、その権限に基づいてこれを処分し占有移転することを制約すること、あるいはその占有を失わせる結果となるこれが旧備付場所に搬入を求めることができるか否かについては、なお、異論の生ずる余地があるが、しかし、少なくとも、何らの権原なしにこれを占有する者に対しては、かかる処分等による抵当権の実行妨害行為を禁止することはできるものと解すべきであるのみならず、さらに進んで、右のような不作為義務を課するのみでは、前記の有機的一体性をもつた独自の担保価値を実現し、あるいは即時取得による抵当権自体の消滅を防止するのに充分なものとはいえないから、備付をやめて不当に搬出された目的動産を再び備付けるために、元の備付場所たる土地建物にこれを搬入することをも求めることができるものと解するのを相当とする。

四 結論

したがつて、控訴人の本訴各請求(主位的請求)は、いずれも理由があり、これを棄却した原判決は不当であるから、これを取り消して、主文第二、三項のとおり控訴人の主位的請求を認容することとし(控訴人は本件物件の引渡請求をあえて予備的請求としたものであるから、主位的請求が認容された以上、右引渡請求の可否は判断のかぎりでない。)訴訟費用の負担について民訴法九六条、八九条、仮執行の宣言について同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

別紙

物件目録

一、日本度量昭和四五年四月製造のトラツクスケール(鉄製) 一台

建物目録

青森県西津軽郡鰺ケ沢町大字赤石町字砂山一三九番地一

家屋番号 一三九番一

一、木造亜鉛メツキ鋼板葺平家建工場

床面積 五四三・二三平方メートル

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